3歩歩けば転倒、
高次脳機能障害で「施設」で制限されていた生活
「自宅」で自由に生きる毎日を取り戻す
  • S様(仮名)
  • 居住地:東京都港区
  • 年齢:70代
  • 性別:男性
  • 診断名/症状:脳梗塞/高次脳機能障害 他
  • 生活環境:施設入所
  • 発症からの期間:2年

ご本人の希望

「家に帰りたい」
「どっちでもいいよ」
「(したいことは)ないね」

ーー自分の意志を言葉にすることが難しくなっていましたが、 その中で「家に帰りたい」という願いだけは、繰り返し語られていました。

ご家族の希望

次女(都外在住)  :「私は海外に戻るので、なにかあった時にもすぐには対応できません」
三女(アメリカ在住):「お兄ちゃんが元気でいてくれるのが嬉しい」
孫 (アメリカ在住) :「元気でいてくれたらいい」
ご友人(キーパーソン):「とにかく家に帰してあげたい」

ーーご家族それぞれの距離感の中で、「どうしたら安心して暮らせるか」を模索していました。

OTキャンプでの成果

当初の状況
高齢者施設に暮らしていたクライアントは、脳梗塞の後遺症や高次脳機能障害の影響で、自分の体や状態をうまく認識できませんでした。
屋内でも3歩歩けば前方に突進して倒れる状態で、静止が効かずすぐ歩きはじめるため、赤外線センサーで行動が管理され、施設スタッフとの関わりも限定的でした。
発話はほとんどなく、イエスノーの質問にも「なんでもいい」「どちらでもいい」と答えることが多い一方で、意図を汲み取ってもらえないと易怒的になり拒否となるため、施設内での他者との交流もほとんどありませんでした。

独居生活は不可能で、唯一信頼できる親しいご友人に生活上の様々な判断や決定を依存している状況でした。
「家に帰りたい」という希望は強く、「帰れないならここから飛び降りる」と希死念慮を口にすることもあり、施設スタッフもご友人も途方に暮れる状態でした。

支援内容
目標:自宅に帰って、自分らしく暮らせるようにすること

サポートは、クライアントとご友人の希望で、施設内での歩行器歩行や施設周辺での屋外歩行練習からスタート。体調に合わせて介助量を調整しながら、少しずつ外出が可能になりました。外出練習と並行して、クライアントの意志を引き出すナラティブアプローチを行い、「楽しめる活動」や「意味のある作業」を探索。少しでも“やってみようかな”と思えることを見つけられるよう丁寧にサポートしました。

遠方に住む妹の面会にいくという挑戦
ある日、クライアントから「妹に会いに行きたい」という希望が聞かれました。
ご友人と共に、駅で車いすを借り、新幹線やタクシーを乗り継ぎ、丸一日かけて「遠方の妹の面会にいく」というプログラムを実施。この実践は、クライアントたっての希望により、一緒に「妹の好物のお弁当を土産に買って持っていくこと」や「妹が気に入っている煎茶をポットに入れて用意していく」など、細部までクライアントのこだわりを取り入れたプログラム実践となりました。
 脳梗塞発症後、何年も会えていなかった妹との再会では、笑顔と涙がみられ、クライアントにとって大きな成功体験となりました。

自宅生活への移行
クライアントとの協働の裏では同時に、自宅での安全な生活環境を整備。
 ・ベッドや手すりなどの設置
 ・細かな生活様式の設定を確立
 ・ヘルパーの面接、終日配置
 ・訪問ドクターや看護師、マンション管理人、ご友人との連携
 ・情報共有と介助指導
何度か練習で自宅に帰り、課題を修正しながら、クライアント待望の施設から自宅への生活再開を実現しました。

サポートの成果
自宅に戻ってからは、まるで “居場所”を取り戻したように、表情や声も穏やかになり、希死念慮はなくなりました。
「自分の家で過ごす」という当たり前の時間が、クライアントにとって生きるリズムを整える大切なきっかけになっています。

現在は、本人の趣味や価値観を共有しながら、依存が偏らないようにご友人だけでなく、関わるスタッフともコミュニケーションが取れるよう支援を継続。
近所のお寺の猫に餌をあげる、コーヒーを飲みに行くという日課に加え、友人との食事会や同窓会、慣れ親しんだバー、遠方の妹やお墓参りなどを楽しみながら、穏やかに暮らせるようになっています。
さらに、アメリカ在住の妹さまにも、日々の様子や活動内容などを私から情報共有しており、ご家族とも安心してつながれる環境を整えています。


利用頻度:週2回(施設1.5時間、月1回外出4時間)
支援期間:2年

現在の楽しみ

・散歩、コーヒーを飲みに行くこと
・友人との外食

今後やりたいこと

・温泉
・鮎釣り
・ハワイへ旅行

皆様へのメッセージ

「継続は力なり」