私はこれまで、
理学療法士として、
家屋調整にも関わってきた。

手すりや段差の解消。

環境を整えるといえば、
そうした“物的なもの”を指すことが多い。

寝る場所、過ごす場所。
福祉用具や住環境。

私も、
環境とはそういうものだと思っていた。

平川の関わりを見ていて、
ひとつ気づいたことがある。

人もまた、
環境の一つだった。

ある方は、独居だった。

日々、関わる人が変わる中で、
その「人」によって、
状態や意思が揺れていた。

関わる人の言葉や関わり方ひとつで、
判断を委ねてしまったり、
依存的になる場面もあった。

別の方は、施設で暮らしていた。

一見、環境は整っているように見える。

でも実際には、
関わる人によって、
反応や表情が変わっていく。

同じ場所にいても、
過ごし方は少しずつ違っていた。

それは、外からは見えにくい。

でも、確かにそこにある。

関わる人が変わると、
言葉が変わり、
行動が変わる。

良くも悪くも、
その影響を受けながら。

その人にとって、
誰の言葉が届くのか。

それによって、
動き出すきっかけが変わることもある。

時にそれは、
生きる目的になり、
一歩踏み出すきっかけにもなる。

人は、
人との関係の中で変わっていく。

平川の関わりを見ていて、
そのことを強く感じた。

そしてもうひとつ。

平川自身もまた、
環境の一部だった。

その人の言葉や在り方、
これまでの経験や関心。

そうしたすべてが、
関わりの中で作用しているように見えた。

だからこそ、
関わる人は、とても大きい。

環境は、
物だけではない。

人もまた、
環境である。

見えない環境ほど、影響は大きい。

私もその影響の中にいる一人なのだと思う。