医療や福祉の現場には、
それぞれの役割があり、
どれも欠かせない専門性があると感じている。
その中で、
平川の関わりを見てから、
なんとなく、でも初めから、
この関わりには確かな価値があると感じていた。
ただ、その関わりは、
目に見えにくい。
すぐに成果として現れるものでもなく、
数値やデータにも置き換えにくい。
だからこそ、
自分が感じているこの価値を、
うまく言葉にすることができなかった。
何をしている人なのか。
どこに価値があるのか。
その説明の仕方には、
長く悩んできた。
それでも、
目の前で、
少しずつ変わっていく人がいる。
それは、
特別な誰かだけの話ではなく、
関わり方や環境によって、
人が動き出すことがあるという現実だった。
その人と関わることで、
それまで動かなかったものが、
ふと動き出す瞬間がある。
その変化を間近で見ていると、
これは限られた場の中だけに
留めておくものではないのかもしれないと、
必要としている人にとっての
一つの選択肢になり得るのではないかと
考えるようになった。
もちろん、
一人が関われる範囲には限界がある。
量産もできず、
マニュアル化も難しい。
それでも、
この関わりによって、
目の前の人の表情や行動が変わっていく。
そしてその変化は、
本人だけでなく、
家族や周囲の関係にも、
少しずつ影響していくように見える。
そうした変化の積み重ねが、
結果として広がっていく可能性もあるのではないかと感じている。
今は、
エビデンスや手技、テクニック、
数値やデータといった、
目に見えるものが中心になりやすい時代だと思う。
それらは重要で、
必要不可欠なものでもある。
ただ、
それだけでは捉えきれない側面が、
人にはあるように感じている。
実際に関わりの中で見てきたのは、
人が何を大切にしたいのか、
どのように生きたいのかといった部分が動いたときに、
行動や状態にも変化が現れる場面だった。
人は、
単純な方法論だけで捉えられる存在ではない。
状況や関係性によって、
反応も変わる。
関わり方によって、
引き出されるものも変わっていく。
そうした過程を見ていると、
同じケースは一つとしてないことに気づく。
その一つひとつに関わる中で、
毎回異なる気づきや学びがある。
それが、
この関わりの面白さでもあり、
難しさでもあるのだと思う。
また、
こうした関わりの中にある考え方や視点は、
特別な人だけのものではなく、
少しずつでも広げていける可能性があるのではないかとも感じている。
もし、
こうした視点の一部でも、
関わりの中に取り入れる人が増えたとしたら、
誰かの選択や行動が、
わずかに変わることもあるのかもしれない。
それは、
大きな変化でなくてもいい。
その人が、
自分なりの形で生活や人生を組み立てていけること。
そのきっかけになる可能性があると考えている。
なぜ、追い続けているのか。
はじめから明確な理由があったわけではない。
ただ、
関わりを重ねる中で、
最初は感覚に近かったものが、
少しずつ確信に変わっていった。
そして、
自分自身の変化を振り返ったとき、
そのきっかけの一つに、
この関わりがあったと気づいた。
関わりの中で見てきた、
目の前の人たちの変化や表情は、
数値では表しにくいものではあるが、
確かな変化として残っている。
そうした積み重ねが、
この関わりの価値を支えているのだと思う。
その価値を、
自分なりに整理し、言葉にしようとしてきた結果、
気づけば、7年。
今もこうして、書き続けている。
文:渕之上