「どう関わればいいか分からなかった」4年間止まっていた息子が動き出すまで
4年間ほとんど外に出られなかった状態から、
少しずつ社会との接点を取り戻していった過程。
※実際のご相談内容をもとに、個人が特定されないよう一部内容を調整し、ご本人・ご家族の了承を得て掲載しています。
-----ご家族の方に、当時の様子を伺いました。
「悪いのは他の人」と思っていました
息子は、なんとか就職しましたが、1カ月で退職しました。
理由は、職場で「何もできない」と言われたことでした。
私たちは納得できず、
学校にまでクレームが入っていたと聞いて、むしろこちらが腹を立ててしまい、
「そんな職場なら願い下げだ」と思っていました。
今振り返ると、
そう思うことで、自分たちの気持ちを保っていた部分もあったのだと思います。
ひきこもりが始まった日常
最初は、「他にいい職場がある」と思っていました。
なんとか次を探そうと、
私たちも必死でした。
知人や友人の病院にまで頭を下げに行ったり、
どうにかして働ける場所を見つけようとしていました。
でも、本人はなにもせず自室から出てこず。
気づけば、
食事以外はほとんどリビングに来ないまま、
自室にひきこもる日々になっていました。
何をしているのか分からない。
声をかけても反応は薄い。
何を考えているのかも分からない。
多分、ゲームばかりしている毎日でした。
関わるほど、うまくいかない
「このままでいいはずがない」
「なんとかしないといけない」
そう思って、
声をかけたり、時には強く言ってしまうこともありました。
でも、そうすればするほど距離ができてしまう。
優しく言っても、
厳しく言っても、
本人はその気がないのか、何もしようとしない。
どう関わるのが正解なのか分からない。
気づけば、
親の私たちの方が疲れ切ってしまっていて、
ただ時間だけが過ぎていくような感覚でした。
正直、息子といるとこちらが参ってしまうような感覚もあり、
もう考えたくないと思ってしまったこともありました。
見えていなかったことへの気づき
OTCAMPに相談したとき、
これまでとは違う見方で息子の状態を見ていただきました。
当時の私たちは、
「早く就職したいはず」
「医療職に復職したいと思っているはず」
そう思い込んでいました。
しかし、相談やビジターを通したフィードバックは、
今まで知らぬ間に見て見ぬふりをしてきた現実を突きつけられるようなもので、
正直とてもつらいものでした。
これまで、
「悪いのは分かってくれない周りだ」と思うことで
気持ちを保っていた部分もあったかもしれません。
でも、息子の中にも、
挨拶ができない、反応が薄いなど、
生活の基本的な部分で、
まだ整っていないところがあることに気づかされました。
そして何より、
息子が本当はどう感じているのか、何を考えているのかが、
自分たちが思っていたものとは違っていたことにも驚きました。
当時を振り返ると、
祖母や親戚から
「少し見方を変えた方がいいのではないか」
といった声をかけられていたこともありました。
ただ、そのときの私は、
それを受け止める余裕もなく、
どこかで否定してしまっていた部分もあったと思います。
一度、見送った選択
こうして一度、お試しで関わっていただいたとき、
その日から、
息子の様子に変化がありました。
空気が少し柔らいだような、
心が少し動いているような、そんな感覚でした。
ただ、
「本当にここまでお金をかけるべきか」
という迷いもあり、
平川さんからも
「早いに越したことはないが、納得してからの方がいい」
と言っていただいたこともあって、
一度は他の支援を試すことにしました。
4年間、何も変わらなかった
その後、4年間。
いろいろな方法を試しましたが、
状況は一ミリも変わりませんでした。
歳を重ねて、30歳が目前になっても、
「どうすればいいのか分からない」
この先の不安や焦り、
そしてどこか諦めのような気持ちが入り混じった状態が、ずっと続いていました。
何をしても変わらない。
どう関わっても変わらない。
そんな感覚でした。
ただ、当時言われた言葉が、
どこかにずっと残っていて、
「最後の砦というわけではないけれど、もう一度相談してみよう」
そう思い、再びお願いすることにしました。
少しずつ動き始めた
関わりは、いわゆる“支援”という形ではなく、
できるだけ自然な関係で関わってほしいというこちらの要望に応えていただく形で始まりました。
そこから、少しずつ変化が出てきました。
最初は本当に小さなことでした。
挨拶をするようになったり、
声をかけたときに返事が返ってくるようになったり、
それまでなかったやり取りが、少しずつ生まれていきました。
変わったのは「表情」でした
何よりも変わったと感じたのは、
楽しそうにしている時間が増えたことでした。
一人で歌っていたり、
ふとした表情が柔らかくなっていたり、
家庭の中の張りつめた感じが、
少しずつ抜けていったように感じました。
日に日に、そして自然に、
自分から行動が変わっていく様子を見て、
驚きと同時に、
あんなに暗かった状態からの変化に、嬉しい気持ちがありました。
見え方が変わったとき
関わりの中で、
これまで「なぜできないのか」「どうしてやらないのか」と思っていたことが、
単純にやる気の問題ではないのかもしれない、
という感覚に変わっていきました。
うまく言葉にはできませんが、
物事の受け取り方や人との関わり方に、
少し独特なところがあるようにも感じるようになりました。
それまでは、そういった視点で見たことがなかったので、
正直戸惑いもありましたが、
「そういう特徴なのかもしれない」と思うことで、
関わり方も少しずつ変わっていったように思います。
少しずつ広がっていった世界
そこから、外に出る機会も少しずつ増えていきました。
本人の興味のあることをきっかけに、
外出したり、人と関わる場面が出てきたり、
祖母の手伝いや、家のことなど、
生活の中での役割も少しずつ増えていきました。
息子を外した場面で、
私たち親への関わり方も教えていただきながら、
それまで見えていなかった息子の一面も、
少しずつ見えるようになり、
以前より理解できるようになったと感じています。
今の姿
私たちが当初考えていた職種は、
対人対応や臨機応変な判断が求められるものでしたが、
息子にはその部分が強い負担になっていたのだと思います。
現在は、図書館でアルバイトをしながら、
自分のペースで社会と関わっています。
そして関わりの初期から、
「やってみたいこと」や「興味のあること」を丁寧に聞いていただいていたこともあり、
実際にそうしたことに触れながら過ごす中で、
少しずつ自分の方向性について考えるようになってきました。
「何をしたいのか」「どう生きていきたいのか」
そういったことを、
今は自分なりに考え始めている段階だと感じています。
その一つの選択肢として、
共同生活を通して自立を体験していくような環境も提案していただいており、
本人のペースを大切にしながら、
これからのことを一緒に考えているところです。
家族にも起きた変化
正直、私自身も限界で、
うつのような状態になっていました。
でも今は、
少し距離を保ちながら、自然に関われるようになりました。
以前は、
息子といること自体が苦しいと感じることもありましたが、
今は、
成長を楽しみに思えるようになり、
「生んでよかったんだ」と思えるようになりました。
最後に
振り返ると、
家族だけではどうにもならなかったことが、
第三者が関わることで、少しずつ動き出しました。
無理に変えたというよりも、
整ってきたことで自然と動き出した、という感覚に近いです。
息子は今、
楽しそうに毎日を過ごしています。
あのときの状態からは、
想像できない姿です。
「もっと早くお願いしていればよかった」
そう思っています。
この経験は、
お金では測れない価値があったと感じています。
文・構成:渕之上